2012年1月アーカイブ

「面倒見」に国民性から見た日本社会の文化的特徴を見ることができる。


つまり、日本の(企業)社会で、リーダーの最大要件の一つは「部下の面倒を見る」ことです。


新人類なる言葉が生まれてかなりたつが、数理統計研究所の『日本人の国民性調査』(昭和58年)によると、「面倒を見る課長」の支持率が89%なのに対し、「面倒を見ない課長」の支持率はわずか8%とさんざんです。


日本人には、docomo 大和の職場関係でも「面倒を見てほしい」という欲求がたいへん強いようです。


欧米では見られない点です。


土居健郎氏の名著『甘えの構造』によれば、「義理」とは他人を依存的関係に縛ることです。

まだ夜の明けないうちから起床し、ちょうちんに明かりをともしながら、大八車を引いて工事現場に向かい、夜明けを待って作業をはじめた。


そして手元が見えぬほど暗くなるまで働くと、また、ちょうちんで足元を照らしながら家路についた。


夕食の食卓につくと、もう午後9時を過ぎていたといいます。


工事現場では「親方」といわれる工夫長が、いっさいの責任をもち部下の指導監督に当たり、工事を進めていったのです。


現場における親方の権力は絶対的であったから、工事の良し悪しは親方の人物・技量によることがきわめて大きく、工事のできぐあいは親方の双肩にかかっていました。


それだけに、親方には人格・識見ともにりっぱな人が多く、日夜工事のはかどりに心を配っていました。


親方は部下の面倒もよくみていました。


とくに若い通信工夫については、私生活まですべて親方に結びついていたといってよい。


たとえば、下宿のない通信工夫を自分の家に連れてきて、わが子同様に世話をしたり、結婚の相手を見つけたり、生まれた子供の名付けなどまで、親身になって面倒を見るというぐあいでした。


まあこれが、携帯電話やドコモ 大和の歴史の一部というわけです。

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