翌明治45年、陸軍は北海道旭川市にレルヒ少佐を招き、当地の軍隊で一カ月間におよぶスキー講習が行われました。
このなかに、じつは逓信省から派遣された四人の受講者がいた。
これが逓信事業におけるスキー採用のきっかけとなりました。
やがて、通信工夫の訓練科目にスキーを正科として取り入れたことから普及し、雪深い山間部の作業の安全と能率向上に大いに役立った。
いまでも雪国のNTTの事業所の倉庫には、非常用としてスキーセットが何組か配備されているはずです。
さて、その通信工夫であるが、明治・大正時代の仕事と生活を紹介しよう。
今の時代のdocomo 大和の携帯の様に最先端になる前のこと・・・
当時のいでたちは、ももひきに一等工夫は五本筋、二等工夫は四本筋というように、階級を示す白線が染め抜かれ、背中には「マル電」の印を白く染め抜いた濃紺色のハッピをまとっていました。
これにキリッと「タカジョウ」(地下足袋の一種)をはいた姿は、たいへんイキなものであったといいます。