2011年12月アーカイブ

翌明治45年、陸軍は北海道旭川市にレルヒ少佐を招き、当地の軍隊で一カ月間におよぶスキー講習が行われました。


このなかに、じつは逓信省から派遣された四人の受講者がいた。


これが逓信事業におけるスキー採用のきっかけとなりました。


やがて、通信工夫の訓練科目にスキーを正科として取り入れたことから普及し、雪深い山間部の作業の安全と能率向上に大いに役立った。


いまでも雪国のNTTの事業所の倉庫には、非常用としてスキーセットが何組か配備されているはずです。


さて、その通信工夫であるが、明治・大正時代の仕事と生活を紹介しよう。


今の時代のdocomo 大和の携帯の様に最先端になる前のこと・・・


当時のいでたちは、ももひきに一等工夫は五本筋、二等工夫は四本筋というように、階級を示す白線が染め抜かれ、背中には「マル電」の印を白く染め抜いた濃紺色のハッピをまとっていました。


これにキリッと「タカジョウ」(地下足袋の一種)をはいた姿は、たいへんイキなものであったといいます。


今はスノー・ボード、スキー・ブームもきわまって、海外スキー・ツアーがたいへんなはやりです。


そしてドコモ 大和の携帯電話も流行りの一つ・・・。


さて、話は戻りますがヘリコプターで頂上まで行き、一気に滑りおりたり、氷河を滑りおりたりという、六本木なみに混雑する日本のスキー場では味わえないスタイルを楽しめるのが人気のもとでしょう。


このように、いまやたいへんな人気のスキーであるが、日本のスキーのルーツは逓信省(NTTの前身)だとご存じの方はまずおるまい。


スキーが日本に伝わったのは、明治44年、オーストリア軍人のレルヒ少佐が、新潟県高田で日本陸軍に、一本杖スキーを指導したのが、はじまりとされています。

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